市場概要

岡ビルの歴史

岡ビルの歴史

昭和21年の9月、西川沿いに「岡ビル」の前身である『岡山マーケット』がオープンしました。当時の闇市と区別して、お客さんが安心して買い物できる市場を作ろうという人たちが集まり、マーケットをスタートさせたのです。
当時は食料も物もすべてが不足しており、建物も木造バラック建てで、いまから見れば大変粗末なマーケットでした。しかし人々の心には、復興の息吹とエネルギーが溢れていました。
岡山マーケットでも、「新しい市場を立ち上げる」という大きな夢を実現するべく、みんなで資金を蓄えながら日々の商いに精を出し、いろいろな準備と努力が始まったのです。
新ビルの設計は日本建築史に大きな足跡を遺す久米権九郎氏(久米建築事務所)が担当し、工事は大林組が引き受けました。
戦後の商業復興を支えた職住一体型の商業施設

戦後の商業復興を支えた職住一体型の商業施設

そして1951年10月、岡ビル百貨店は岡山の新名所としてオープンしました。『岡ビル』の誕生です。1階が店舗で、2・3・4階が店舗で働く人たちの住居という職住一体型の商業施設として完成したのです。岡ビルの建物は大変面白く、西川沿い正面から見ると格子状の外観を呈しています。通路も、元々は扉がなくオープンになっており、幅も軽トラックが通れるほどに広く、上部からは日の光が差し込むように造られていました。また1棟から4棟の住宅はそれぞれ充分日が射すように配置され、バザールとしての機能性と近代建築のモダン性を兼ね備えるよう設計されたのです。

当時は戦後の復興が始まったばかり。まだ木造バラックが延々と続いており、鉄筋コンクリートの建物といえば、天満屋と日銀ぐらいです。そんななか、50m×50mの敷地に誕生した4階建ての商業施設の出現は大変画期的な出来事で、山陽新聞にも「住宅つきの大デパート」「不滅の金字塔」と報じられるほどでした。事実、全国から視察が絶えなかったようです。オープン後岡ビルには、市内のみならず、和気や牛窓、御津など郡部からも多くの人々が来店するようになりました。岡ビルは、表町商店街、駅前商店街とともに、戦後の商業復興を食の面から支えてきたと言えます。
岡山市民の台所

岡山市民の台所

現在、全国大型店の進出やスーパーの郊外への展開、そして中心市街地の空洞化の中で、岡ビルを取巻く環境は厳しさを増しており、他の商店街同様、後継者や空き店舗などの問題も抱えています。
しかし今後とも、岡山で唯一の小売市場として、総合スーパーや百貨店にはない持ち味と個性を磨き、また中心部における食の仲卸機能をも担いつつ、岡山市民の台所としての存在価値を高めていきたいと考えています。

岡ビル商業協同組合の概要

所在地 岡山市北区野田屋町1丁目3番3号229号
代表者 理事長 難波 協資
設立年月日 昭和28年3月4日
出資金 108,000円
業種 食品卸、小売、加工・調理器具・日用品・酒の小売・理容・美容、飲食店
主な事業 組合員販売援助のための共同広告ならび 販売企画の立案、実施その他
組合員の事業に関する経営及び技術の改善向上
知識の普及を図るための教育・情報提供
組合員の共同施設の設置維持
労働保険事務組合業務
地域交流事業
近年の環境整備事業

 

→ 店舗通路照明の取替え工事(2005年)
→ 通路天井塗装・板金整備(2009年)
→ 休憩所兼イベント会場の整備(2009年)
→ 「岡ビルの歌」づくり開始(2009年6月)
→ 「岡ビルの歌」「たべたいな」2曲完成(2010年3月)

組合員数 27名
組合役員 理事3名、監事2名
事務局 事務局員3名

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